2021年8月15日日曜日

「彼らの犠牲があって今がある」元特攻隊員

 今回の「武漢ウイルス」禍で、東京オリンピック開催は本来が昨年華々しく開催していた筈が世界的な各国や各地を巻き込んでいます。

現在の都知事の小池百合子氏が国と東京都のせめぎあい真っ最中を前都知事の舛添要一氏が現状をどう評価しているのかを知る記事が有ったので昨日同様長文なのでこれを採り上げて於きます。

 

舛添要一氏は不祥事が無ければ現在の小池都知事の席でどの様な采配を振るっていたのか?辞任の事の始まりは、政治資金をめぐる公私混同疑惑からです。

まず、常識外れに高額な海外出張費が問題となり、次には週末に公用車で神奈川県湯河原町の別荘に行き来していたことが発覚、そして5月には自身の政治資金管理団体の支出が、舛添要一氏の個人的な家族旅行、飲食費、土産代、おまけに美術品の購入に使われていたことが、問題となりました。

当時の舛添要一氏はネット上でかなりケチョンケチョンに批判されていましたがしかし、厚生大臣と都知事を経験されているので我々も聞く態度が必要でしょう。

 

閣僚時代の厚生大臣としてどの位の見込み違いになるのか判りませんが?




  2021/8/14 17:37 (JST)

舛添要一氏がワクチン接種と経済活動の両立を提案「自粛を求めるだけでは余りにも無策」

https://nordot.app/799195508028047360

 

©株式会社東京スポーツ新聞社

 



  

舛添要一氏

 

前東京都知事で国際政治学者の舛添要一氏(72)が14日、ツイッターを更新。東京都の新型コロナウイルスの感染者数が増加していることについて「ワクチン接種をもっと急ぐ必要がある」と指摘した。

 

この日、東京都では5094人の新型コロナウイルス感染者が報告された。5日連続で最多を更新しており、5000人超えは2日連続。

 

舛添氏は「本日の東京都のコロナ感染者5094人で減らない。重症者は過去最多の245人。ワクチン接種をもっと急ぐ必要がある」とツイート。

 

菅義偉首相が説明している姿は確かに上手な説明か?

従来の筋肉注射で処方するワクチンは管理する温度や希釈する手順が周知徹底しなければいろんな問題が出てくる。

世界で新型コロナウイルスワクチンの争奪戦が繰り広げられる中、日本の企業が液状のワクチンを凍結、乾燥させて粉末状にする新たな装置を開発した。新型コロナワクチンは低温管理が必要な液剤が主流で、接種にあたっては保管と輸送が大きな課題となっているが、新装置により常温管理が可能となる粉末ワクチンの実用化が視野に入る。

今日は日本の安全を願って飛び立った特攻隊出身者の千玄室さんが今の平和が享受できるのは我が身をもって散った戦友をいまも感謝せずにいられない。

我々の幸せを彼らへの感謝と慰霊が現在進行形で未来に繋げなくてはいけないと語り繋げましょう。






  2021/8/14 16:07


「彼らの犠牲があって今がある」元特攻隊員、千玄室さん

https://www.sankei.com/article/20210814-CDZCV7ATWFPDFPKSGEH2V55BYA/

 

産経WEST ライフ 地方 近畿 京都

 



  

特攻隊員だった茶道裏千家前家元の千玄室さん。戦場に散った仲間に思いを馳せながら体験を語った=京都市上京区(渡辺恭晃撮影)

 

15日で終戦から76年。茶道裏千家前家元の千玄室さん(98)は学徒出陣し、特攻隊員だった過去を持つ。今も亡き戦友の存在を胸に刻み、「彼らの犠牲を忘れないでほしい」と願う。過去を正しく知り、未来に継承することが、今を生きる人の責務だと考えるからだ。

 

同志社大2年だった昭和18年、海軍に入隊。戦況が不利になった20年3月、配属されていた徳島航空隊でも特別攻撃隊が編成されることになった。

 

ある日、上官から1枚の紙を渡された。そこにあったのは「否・希望・熱望」の3つの選択肢。千さんはその日のうちに、「熱望」に二重丸を書いて提出した。「死にたくねえなあ」とこぼす同期もいた。

 

「死ぬ覚悟はできていました。でも当時は2021歳の青二才。『死』の本質は分からなかった」。トルストイの「戦争と平和」を読んだり同期と語り合ったりしたが、死の意味について誰もが納得する答えを導き出せた仲間はいなかった。

 

同期約3300人のうち、400人超が特攻などで散った。出撃を前に涙ながらに「お母さん」と叫んだ声、敵艦に体当たりするときの「ツー」という最期の電信。強烈な体験は今も脳裏を離れることはない。

 

沖縄への出撃命令を待ちながら終戦を迎えた千さん。「生き残ったことはじくじたる思いだった」と話す。

 

戦後、当時の上官に会う機会があった。「私になぜ待機命令が出たのですか」。そう尋ねた千さんに上官は「天命だと思いなさい」と答えた。以来、自分に課せられた意義を問うようになったという。

平和は、願ったり叫んだりしてもやってはこない。どうすれば次の世代につなぐことができるのか。重みを痛感する毎日だ。「彼らの犠牲があって、今があることを忘れてはいけない」。涙を浮かべて訴えた。

(石橋明日佳)

 

せん・げんしつ 大正12年生まれ。昭和18年、学徒出陣。復員後の21年、同志社大卒。39年、第15代裏千家家元となり千宗室を襲名。平成14年に家元を退き、千玄室(大宗匠)に改名。茶道文化の発展と世界平和の実現に向けた活動を展開している。

 

特集・連載:終戦の日

 

「千 玄室氏」が特攻隊に学徒動員で出征されていたのは知りませんでした。

「特攻隊員」の我々が有名人の該当者がいる事は、意外に多くの方がいる事を知りませんが旧社会党の「田 英夫」氏も特攻隊員で国を守る必要を違う形で実行していたのでしょう。

 


「父つぁん」も「俺っち」も終戦記念日の今日。やはり当時に若き命を国難に捧げて散った事を語り継ぐことに年一回のこの日がある意義にも繋がる。

国際紛争を解決する戦力を保持しないと憲法の趣旨を読み取れますが、国の安全を守る自衛や防御に方法を考える事は大事。

世界に話し合いを行う組織が「国連=国際連合」が存在している。

戦力として国際連合軍が各国の軍隊で構成されているが、あくまでも紛争地の抑止が目的なのでしょう?

紛争地の治安とテロの対応でその地の統治機能を回復させることが命題。

如何に安定化を図るかに国際連合軍によることで其れを目指す。

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