4月も中盤に為って「父つぁん」も例年ならば来月から夏祭りが近くなったけれど、今年は各地でどの様な夏祭りが行なえるのでしょう?
「俺っち」の近くの麻布氷川神社で「宮神輿」が修復されたとの記事で祭り好きの人が喜んでいるのでは無いのかな?
大きな神輿を昔の人は自分の町内の方が大きいと自慢していたのか、都内で豊岡八幡宮の第一、第二宮神輿や新橋烏森神社の千貫神輿など、本当に大きく祭りの時に作られた時代で担ぎ手がいたのでしょうが、現在交代できる担ぎ手も揃える事がままならない!
そして次の記事で採り上げられた以外にも隠れた神輿がまだ在るんですね?大きな神輿が「俺っち」の近くの麻布氷川神社にも90年もの間修復をされていないという事で、神輿蔵に納められて当然戦時中も焼失されずに日の目もなく、宮出し神輿として担がれなかったのでしょうね。
宮神輿を約90年ぶり修復 麻布氷川神社、小学生に披露
https://www.sankei.com/life/news/210414/lif2104140065-n1.html
ライフ くらし
輝きを取り戻した麻布氷川神社の宮神輿に触れる児童ら=14日午前、港区元麻布(本江希望撮影)
麻布氷川神社(東京都港区元麻布)の宮神輿(みこし)が約90年ぶりに修復され、14日に地元の小学校の課外授業で児童にお披露目された。同神社の宮神輿は関東有数の大きさを誇るが、昭和初期を最後に神輿蔵に眠ったままとなり、戦後の混乱で日の目を見ることがなかった。地域の人々やクラウドファンディングによる支援で今回、修復が実現し、その雄姿がコロナ禍の地域や神社を盛り上げる。(本江希望)
「わあ、すごい」
神輿蔵の扉がゆっくりと開き、金色の装飾が輝く宮神輿が姿を現すと、児童らの感嘆の声が上がった。この日、神社を訪れた区立本村小学校の6年生たちは、3年生の時に社会科の授業で修復前の神輿を見学しており、生まれ変わった姿に驚いていた。
「3年前は表面が剥げていて、こんなにキラキラじゃなかった。お祭りでこの神輿を見るのが楽しみ。地元が盛り上げることができたらうれしい」と李宥花さん(11)は笑顔で語った。
修復は令和元年8月に着手され、今年1月に神輿本体の修復が完了した。宮師の種谷吉雄さん(66)は「4尺(121センチ)の大きさなので、重機も使って解体作業を行い、金物も全て外して修復する細かい作業でした」と振り返った。漆や金箔(きんぱく)部分も塗り直され、輝きを取り戻した。
昭和初期に建造され、「千貫神輿」と呼ばれたという同神社の宮神輿。麻布地域は坂が多いことから、2頭の牛が引っ張り、地域をめぐったという。戦火は逃れたものの収納されたままになっていたが、同神社や地元の「麻布氷川の会」が修復のため寄付を募り、この日を迎えた。
矢野千夏さん(11)は「空襲があっても守り継がれた神輿が、コロナで大変な中でも、みんなの協力や思いが詰まって修復された。改めて大切さを知ることができた」と話した。
宮神輿は14、15両日に麻布地域の5小学校に披露される。新型コロナウイルスのため、神輿が地域をめぐるのは来年9月になる見通しだが、同神社の羽倉信成禰宜(38)は「歴史をつなぐ子供たちに、未来を託したい」とほほ笑んだ。
大きな神輿を昔の人は自分の町内の方が大きいと自慢していたのか、都内でかの有名な佐川急便の会長からの何億円から豊岡八幡宮の御本社一の宮神輿や新橋烏森神社の千貫神輿など、本当に大きく祭りの時に作られた時代で担ぎ手がいたのでしょうが、現在交代できる担ぎ手も揃える事がままならない!
そして昨年来の世界や日本で「武漢ウイルス」で3蜜を避けるためにも今年のお披露目を兼ねた宮出し神輿を同神社の羽倉信成禰宜(38)は「歴史をつなぐ子供たちに、未来を託したい」とほほ笑んだとの事。まだまだ隠れた神輿が都内にはまだ在る様に思うんですがね。
大きな神輿が「俺っち」の近くの麻布氷川神社にも90年もの間修復をされていないという事で、神輿蔵に納められて当然戦時中も焼失されずに日の目もなく、宮出し神輿として担がれなかったのでしょうが、中國の「武漢ウイルス」が収束しなければ夏祭りや秋祭り、さらに東京オリンピック開催やパラリンピックも開催が大変ですね。
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